ヒヤリハットの現実
製鉄会社(現・日本製鉄)に勤めていた頃、ヒヤリハットの報告にはミスをした個人名をそのまま記載し、全社で共有する仕組みがあった。
最近あらためて調べてみると、Q&Aサイトなどでは「個人名を晒すべきかどうか」で意見が割れている。つまり、現在でも現場によっては個人名を明記することがあるのだろう。
製鉄会社では工場の敷地全体を「製造所」と呼び、その中にいくつかの建屋(建物のこと)があり、それぞれを「工場」と呼んでいた。
工場の内部には必ず「安全通路」がある。グリーンのペンキで塗られた、人が安全に歩ける道だ。そこを歩いている限り、フォークリフトも天井クレーンの荷も脅威にはならないよう工夫されている。
ある日、正門脇の本事務所(製造所内で技術系・事務系が集まる建物)の総務部に入ったばかりの女子社員が、工場事務所に支給するコピー用紙を台車に載せて運び、そのまま安全通路に置いて帰って来てしまった。
二人とも危険に対する感覚がまったくなく(座学は受けている)、現場管理者に徹底的に叱られていた。半ベソ状態だった。今の時代なら、パワハラだ、モラハラだと非難されるに違いない。
しかし製鉄の現場は、鉄スクラップなどの原料を溶かし、高熱で溶けた鉄を鋳型(モールド)に流し、連続鋳造する——危険と隣り合わせの仕事だ。それまでにも多くの人が亡くなり、ケガをしてきた。
亡くなる方がまだましだ、といえば叱られるかもしれないが、ケガをすれば即、身体障害者となってしまう。だから、安全の掟を破れば、徹底して叱られる。製鉄は今も昔も命懸けの現場だ。
製鉄の後、僕は空気圧機器メーカー(SMC)に移った。工場の生産ラインを構成する機器を作る会社だ。工場では、大きな力の要る作業は「油圧」、精密な動きは「サーボモーター」、そして残りの大半は「空気圧」で動く。
僕は技術営業として、修理業者とともに大手工場へ出向くことが多かった。
「そこ、手は置いたままでも大丈夫だから!」
「……」
業者が笑顔でいう。
「じゃあ、スイッチ入れるよ」
空気圧のプレス機が見事に下がった。もし僕が本当に手を置いたままだったら、大ケガでは済まなかっただろう。業者は「いやー、悪い悪い!」と笑っていたが、こちらはたまったものではない。
空気圧回路は通常は理論通りに動くのだが、稀に「残圧」が空気圧回路の中に残ってしまうことがある。僕の場合もそれだった。それ以来、僕は現場では最大限の注意を自らに課すようになった。
34歳で日本エア・リキードに移り、産業ガス、とくに当時黎明期だったMRIの電導コイルを冷却する液体ヘリウムを扱う仕事に就いた。
ある日、業者とともに総合病院のMRI室に入った。液体ヘリウムの補充を終えたタイミングで、病院の技術者がMRIのスイッチを入れた。
その瞬間、室内に置かれていた鋼鉄製の10リットルの窒素ガス容器(家庭用の消火器よりは大きい)が、ミサイルのように飛んできて、僕の脇腹をかすめ、MRIの穴の内側にカチンッと張り付いた。窒素ガスは、日本エア・リキードでも扱っているが、僕らの持ち込んだものではなかった。
MRIは強力な磁力を発生させる装置だ。あのときはまさに九死に一生だった。
説明が後先になるが、MRIというのは総合病院などに置かれた大型の画像診断装置のことである。装置中央部に丸い穴があり、そこに全身を入れて、強い磁力を発生させながら(磁気共鳴理論)、体を輪切りにした画像を撮影する。丸い穴の周囲には電導コイルが巡らされており、そのコイルを冷却するのに液体ヘリウムが使われる。
製鉄、生産ライン、産業ガス——2000年、42歳までの間に僕は三つのメーカーを渡り歩いたが、どこも命と隣り合わせの現場だったのだ、と今さらながら思う。
現在は、やれパワハラだ、モラハラだと声が上がる。しかし、こうした危険に対する意識は机上の学問では身に付かない。いい方は悪いが、現場では「厳しく仕込む」ことが必要な場面も確かにあると僕は思う。
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