けしからん会社

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 34歳で日本エア・リキードに移り、産業ガスとくに当時黎明期だったMRIの、電導コイルを冷却する液体ヘリウムを扱う仕事に就いた。
 ある日、ヘリウム充填業者とともに総合病院のMRI室に入った。液体ヘリウムの補充を終えたタイミングで、病院側の技術者がMRIのスイッチを入れた。
 その瞬間、室内に置かれていた鋼鉄製の10リットル窒素ガス容器(家庭用の消火器よりは大きい)が、ミサイルのように飛んできて、僕の脇腹をかすめ、MRIの丸い穴の内側にカチンッと張り付いた。窒素ガスは、日本エア・リキードでも扱っているが、僕らの持ち込んだものではなかった。
 説明が後先になるが、MRIというのは総合病院などに置かれた大型の画像診断装置のことである。装置中央部に丸い穴があり、そこに全身を入れて、強い磁力を発生させながら、体を輪切りにした画像を撮影する(磁気共鳴理論)。丸い穴の周囲には磁力を発生する電導コイルが巡らされており、そのコイルを冷却するのに液体ヘリウムが使われる。
 窒素の高圧ガス10リットル容器(鋼鉄製)は、恐らくだが、MRIの製造メーカーか設置業者がMRI室の床に置いたものと思われる。窒素ガス(N2)は不活性ガス(物性が安定している)であり、配管の洗浄などにも使われる。10リットル容器といえば成人男性の腰高より低いが、鋼鉄製ということで重量もある。
 MRIのスイッチが入った時、僕はこの10リットル容器が宙を直進する進路上に、そうとは知らずに立っていた。容器は僕の腰に当たり、その時、偶然、体をかわしたのでそれは僕の右脇腹ををかすめ、MRIの中央にある丸穴の内側にピタリと張り付いた。その時の「カチンッ」という金属音がかなり強烈な音だったのを今でもよく覚えている。
 もしあの時、体をかわしていなかったら、今ごろ僕は、よくても下半身不随になっていただろうと思われる。
 ついでだから書いておく。僕は筑波工場の保税倉庫でフォークリフトを運転しつつ、多くの場合は両手で高圧ガス容器を転がし、運んでいた。それを運送業者の大型トレーラーで引かれてくる貨物船搭載用の大型コンテナに積み込むのだが、これがなかなかの力仕事だった。
 お陰で左鼠径部の腹膜が破れ、「ヘルニア」を発症した。仕事中に腹膜から大腸がはみ出て左鼠径部がポコンと膨らむので、物陰に隠れて指で押し込んだものだった。ただし、この鼠径ヘルニアは、疾病であり、傷害とはカウントされないのが慣行となっていた。従って労災申請できなかった。しかし、一般的に力仕事で鼠径ヘルニアとなることは多くの人が経験しているところである。
 2000年春、42歳で退職後、夏が来る前に僕は、総合病院で手術を受けた。開腹し鼠径部腹膜の破れた箇所に人工のメッシュを縫い込み穴を塞ぐというものだった。
 実質的な労働災害に遭遇し、結局この会社の仕事で僕は腰痛持ちになった。しかも給料は不当に安かった。身内びいきによる左遷も経験した。会社では、メンタルの不調を抱えた僕は評価の対象外という考え方をしていたのかもしれないが、しかし、仕事の成果として現実にアウトプットを行っている以上、それに対して会社は相応しい対価を支払うのが筋だったと僕は考えている。
 けしからん会社である。

【後年の画像診断による裏付け】
2024年3月27日、「メディカルスキャニングたまプラーザ」にて全身のCTスキャンを行った。これは当時抱えていた疾病の手術準備のために撮影したものであるが、同じ画像により、過去に生じていたL3椎体の圧迫骨折とL4の前方すべり症が医学的に確認された。ボンベが飛来したあの日、僕は偶然体をかわし、衝撃を斜めに逃がしたため、背骨が粉砕されるような直撃には至らず、椎体が潰れる形の圧迫骨折として残ったのだろうと考えている。さらに、この圧迫骨折については、別途「アスクドクター」で医師に相談したところ、画像所見から古傷と判断され、痛みがなければ治療の必要はないが、もし症状が出るようなら脊柱管狭窄症などの可能性を含めて整形外科で評価を受けるべきだと助言された。なお、この古傷は現在も、常に痛みを抱えているか、あるいは小康状態を行き来している。すでにこの件は法的には時効となっているが、長年心の底に沈んでいた、日本エア・リキードでの体験の一部であり、僕自身のトラウマ軽減のためにも、あえてここに公開しておく。

イメージCG:鋼鉄製10リットル窒素ガス容器が宙を直進するところ

【シリーズ作品】
◆01. 「帝王酸素・残酷物語」
 → 身内びいきによる左遷、低賃金と過酷な労働による実質労災
◆02. 「自分の金ぐらい自分で稼げ、馬鹿者めが!」
 → もはや会社で金を稼ぐことは望めない
◆03. 「作家脳」
 → 筑波工場での副社長の囁き
◆04. 「けしからん会社」
 → けしからん! 左遷、低賃金、実質労災の揃い踏み