ずっと小説家になりたいと思ってきた

エッセイと小説の王道
盛り場横丁(イラストACより)

【作品紹介】

高校・大学・社会人・早期退職後とダメンズ人生を送りつつも傍らではずっと文筆家になりたいと思ってきた、そんな僕の半生をエッセイに綴りました。

Z世代、ゆとり世代の方のためにご説明します。昭和時代には「釘師」という仕事が実在しました。パチンコ屋で、パチンコ台のガラスケースを開け、金属製の棒の先にパチンコ玉が溶接された器具で、釘と釘の間隔を微調整するのが仕事です。全国のパチンコ屋を渡り歩く方もいたようです。お客さんに「この台は入る!」と思わせながら、その実そうはさせず、パチンコ屋の利益を守る、とても重要な職人技の仕事人でした。現在もいらっしゃるのではないかと思います。

高校時代に彼女が出来ました。その母親に僕が将来は作家になりたいというと「じゃーうちの娘は正倉君とは結婚させられないわね」といわれてしまいました。作家、小説家などというと良識ある人からは、ヤクザな商売と認識されていました。明治の頃の歴史を振り返っても、若者が大作家のところに弟子入りを頼みにいくと、「君の家は財産家かね」とまず尋ねられたそうです。作家などでは金は稼げない。身上を食いつぶすだけだと相場が決まっていたからです。例えば、『銀河鉄道の夜』の作者である宮沢賢治も実家は商家で父親は裕福でした。37歳で亡くなるまで父親は賢治の面倒を見続けました。
2025年現在、出版業界は不景気です。大手出版社でも往時の半分以下の売り上げ高となっています。ある大手新聞社などは、以前は7000億円近い売上高を誇っていましたが、現在では2500億円ほどまで落ち込んでいます。
その反面、ネット環境が整備されたことにより、作家志望者は以前の何倍にも膨れ上がりました。つまり、現在では、作家で飯を食っていくことは、以前にも増して難しくなっている、ということです。
もちろん、確立は低いけどチャンスはあります。ネット環境は普通の人にもデビューの機会を与えています。
そうはいっても、作家になること1本で自分の将来を考えるのは、確率的に考えて、あまりにも無謀といわざるを得ません。
高校時代の彼女のお母さんはその辺のことをよく分かっていて、そんなことをいっている僕が娘の将来の配偶者には相応しくないと考えたのは、むしろ、当然のことだったといえます。
ひとこと付け加えますが、当時はまだ出版不況ではありませんでした。むしろ、出版というサブカルチャーは隆盛で、出版業界に進んだ同世代は肩で風を切って歩いた時代でした。でも、それは、作家になることとはまた別の話です。
高校生の当時、僕は、武者小路実篤の『友情』という作品を読み、熱烈なファンとなりました。その武者小路が、「新しき村」というのを主宰していました。最初は熊本県にありましたがダム建設による水没でその後、埼玉県に移りました。
人間の基本は農業にあると考えるようになった武者小路が、共同財産制を敷いた小さな村を拵えそこで自給自足の生活を営むというものです。農業こそ人間の本性に根差しているというのが武者小路の主張でした。
僕はそれに大いに賛同し、高校の教室で毎日のように友人をつかまえては「俺さあ、武者小路実篤の新しき村の住人になるんだ!」と吹聴して回っていました。
僕は得意満面でしたが、その後、東大に進んだり、医学部に進み医者になったような友人たちは「正倉ってバカだな!」と思っていたに違いありません。
僕は現在、還暦を回りましたが、そのバカが今も直っていません。

正倉 一文