家計簿

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 昭和時代には父親が「電々公社」(日本電信電話公社、現NTT)に勤めているというだけで、その子供たちの間では「親の給料が安い」という事実は暗黙の了解となっていた。
 僕は小学生の頃、東京・中野区の電々公社の官舎である団地に暮らしていた。やがて北大に入学し、札幌市内の
藻岩山もいわやまのほど近くに建つ学生寮に入寮した。定員50名の電々公社職員の子弟寮である。そこで初めて出会った仲間たちと互いのそれまでの生活ぶりを話したとき、旭川から来たという男がいった。
「なあ、分かるだろ」
「……」
「つまり父親の給料が安いってこと」
「あっ、そのことね」
「電々といえば役人だし、安月給じゃん」
 その言い方が妙に決めつけがましく、しかし真実を突いていた。
 高校時代、僕は開業歯科医の娘と交際していた。彼女の家は中野の地下鉄駅の近くにあり、父親の診療所を兼ねた建物だった。僕は自転車で通い、何度か彼女の母親とも話をした。
「僕のお母さん、『主婦の友』の付録の家計簿、毎月つけてるんですよ」
「まあ、お母さん家計簿なんてつけてらっしゃるの?」
「はい、ずっと」
「ウチはそんなこと一度もないわよ!」
「えっ、どういうことですか」
「お買い物用のお財布にお金を入れておいて、中身の減り具合で分かるの」
 そのときの勝ち誇ったような彼女の母親の表情が今も時々僕の脳裏をよぎる。「我家は医者だから、安月給の会社員みたいに家計簿なんかつけなくても大丈夫なのよ」そんな含み
を匂わせた。
 しかし、それにしても、女性というのはなぜこんなことで勝負するのだろうか、と当時高校生だった僕は
はた・・と考えた。