編集後記

けしからん会社
高圧ガス容器のイメージ画像(Wikipediaより)

編集後記
——沈黙の中に置き去りにしてきたものをようやく言葉に—

 退職したのは2000年のことである。あれから4半世紀が過ぎた。当時だったら、会社はこういったに違いない。
 ・メンタル不調の人間は認められない
 ・だから昇進させない
 ・だから給与も上げない
 ・だから現場に回す
 ・だから会社のせいではない
 こうした「常識」と称するものの前では、僕のような者は、声を上げるまでもなく、初めから敗者として扱われる。そのことを悟った瞬間から、僕は長い間、沈黙の側に身を置いてきた。
 しかし、年月というものは、時に残酷である。25年という歳月は、僕の背負ってきた苦痛の総量を、ようやく輪郭のあるものとして示すようになった。
 あの頃の出来事は、単なる不運でも、不調でもなく、会社というひとつの社会構造が個人を押しつぶす構図だった。
 僕は仕事をこなし、成果を上げていた。そのことは猿渡が手紙(「日本エア・リキード残酷物語」参照のこと)に記したとおりである。にもかかわらず、「常識」という一点で切り捨てられた真実は、黙して葬るにはあまりに重い。
 だから、敢えて筆をとった。沈黙の中に置き去りにしてきたものを、ようやく言葉に戻す時が来たのだ。