僕の人生の覚書
僕の人生で初めての彼女ができたのは、高校二年も終わりの頃だった。
春が来て三年生になったら、もう今のように彼女の隣りに座っていることはできないだろう。都立富士高では毎年クラス替えが行われていた。焦っていた。
——なんとかしなければ。
そこで思いついたのが、「手紙作戦」。お菓子屋で購入したロッテのチューインガムを一旦開封し、中を一枚抜き、空いたスペースに小さな紙片の手紙を入れておく。これならきっと上手くいくだろう。
「君に惚れた」
下手な文字でこれだけ書いた。翌日登校して、一時間目が始まる前にそのチューインガムを隣りの彼女に手渡した。彼女もこちらの目論見に薄々感づいているような素振りだった。さらにその翌日、登校して着席すると、彼女がこちらを振り向いて、こっくりと頷いた。カップルの誕生である。
それからの僕は毎日が有頂天だった。世界にこれほどかわいい存在はないだろう、と浮足立った僕の頭の中は一足早くすっかり春になっていた。
この彼女との結末は以前にも書いたとおりである(「初恋の彼女」)。簡単に説明すると、こっぴどい振られ方をしたのである。
その影響もあってか、それ以降、僕の心は徐々に孤立していった(それでも大学はなんとか卒業している)。親戚との関係も例外ではない。両親はそれなりに連絡を取っていたようだが、気がついてみると従兄妹たちはみな結婚して所帯を持っていた。
従兄妹たちやその配偶者、その間に出来た子供たちまでもみな優秀である。結局、僕の身内には現在、図らずも、学者が二人と医師が五人もいる。
僕の体調不良もあって彼らとはまったく疎遠だったが、最近は中元・歳暮のやりとりぐらいはするようになっている。
それにしても、振り返ってみると、僕の身内には医療従事者が多く、むかしの彼女にも、どういう巡り合わせなのか、医療従事者・関係者が多かった※1。
了
◆姉妹作品「初恋の彼女」
◆関連作品「家計簿」
※1:開業歯科医師の娘 (上記)、獣医師の卵、産科看護師 (助産師)
【親族の学者や医師】
・筑波大医 北関東で総合病院の副院長を務める。循環器。50代
・群馬大医 群馬大学病院勤務。救命救急。30代
・群馬大医 群馬大学病院勤務。病理学。30代
・金沢大医 都内病院勤務。循環器。30代
・杏林大医 そろそろ卒業か。20代
・東邦大薬 薬剤師として働いていると思う。30代
・関大から早大理工博 室蘭工大金属材料工学教授。数年前60代で物故
・お茶女から群大工博 国学院女子短期大学繊維材料工学教授。50代
(2024年12月現在)

