父とすいとん|第20回「文芸思潮」エッセイ賞・優秀賞

随筆・エッセイの王道
すいとん(フォトACより)

文芸思潮第97号 第20回「文芸思潮」エッセイ賞 発表の紙面

【作品紹介】

 「文芸思潮」エッセイ賞で優秀賞をいただいた。苦節八年であった。作品は、400字詰原稿用紙換算(20字×20行)で10枚。ハイレベルな作品が集まる文学賞だ。以下に先生方の選評を筆写した。なお、上の掲載原稿は、文学賞の募集要項に沿った40字×30行となっている。
 編集長の五十嵐勉先生は、東南アジアに長期間滞在しジャーナリストとしての研鑽も積まれている。リーダーシップに富み、女性ファンも多い作家である。
 都筑先生は、文芸思潮の先生方の中では最も若く、40代ではなかろうか。純文学のみならず、放送作家としても活躍されているようだ。ハッキリとした物言いが、僕には心地よい。

 2025.10.4 
 小倉 一純

【先生方選評】

 「父とすいとん」の小倉一純氏は珍しい題材を父親の好きだったすいとんを通して見事に造形した。すいとんを自身の手でこだわり作って味わうその嗜好のなかに、太平洋戦争空襲下の学生時代の父親の苦学の思い出が滲んでいると同時に、親切に世話をしてくれたアパートの大家の娘への愛惜が潜んでいる。そしてそれと同時に、その親切で純朴な年上の女性が太宰治に愛を寄せ心中した事実が描かれて、驚嘆の展開を見せる。私は有名な人物、有名な事件に依存する手法を好まないが、これは山崎富江やまざきとみえという女性の別な日常的側面を筆者の父親の恋心のなかに捉えることによって、すいとんにこだわる父親との繋がりのうちにその存在を鮮やかにしている。危うい側面を持ちながらもしっかり描写して、技量を上げたことが確認された。

 五十嵐 勉(文芸思潮 編集長)

【先生方選評】

 惜しくも優秀賞となったが、「眉村ゼミの事」(三刀月ユキ)と「父とすいとん」(小倉一純)の2作にも高得点を入れた。眉村ゼミはSF作家の眉村卓の追悼文であり、青春群像劇にもなっていて、読み物としても高水準だった。また、商業作家は時代に消費され、死後、忘却され易い。著名な人物であっても風化を食い止めるためには、指導者としての横顔があったことを誰かが書きとめておくべきだろう。
 「父とすいとん」は推理小説めいた構成のエッセイだ。市井の人のように語られていた人物が、実は純文学界隈では名の知れた「有名人」だと分かる。世には出ていない記録だろうから、今後、作家研究における貴重な史料にもなりうるだろう。しかし、上記2作品は「著名人の知名度」に頼る側面があり、そこに足を引っ張られた。

(中略)

 さて、「枕草子」や「徒然草」のような古典随筆が存在し続けていたとはいえ、かつては「軽い読み物」としての印象しかなかった文芸ジャンル、エッセイ。しかし、この賞と共に広く成長し、深く成熟している。落選も当選も、投稿者には悲喜交交ひきこもごもあったろうが、何百、何千という応募作は、一作たりとも無駄にはなっていないだろう。
 何を書いてもいい、浅くても深くてもいい、だけど生半可な散文の位置にいつまでも甘んじてはいない。エッセイという濁流は荒れ狂い、大河となってどこまで流れてゆくか。これからも一観測者として、先の先まで見届けてゆきたい。

 都筑 隆広(文芸思潮 審査員)

文芸思潮第97号 表紙

文芸思潮第97号 受賞作末尾に掲載されたプロフィールと受賞の言葉