もっと怒りましょう
今の世の中怒る人が激減していて、私のような怒りっぽい人間、平気で憎まれ口を叩く女は、希少価値というか、何かこう変った声で嘶く珍奇な動物みたいに思われているらしい。
それほど今はなぜか怒る人が少ないのだ。文学論争でも、昔のように互いに悪罵の限りを尽す、というようなものはなくなった。往来や車中で喧嘩をしている人も見かけない。怒らないのか怒れないのか、修行を積んだのか、気力が弱まっているためか、みんな自分を押え、人が怒っているのを見て、せめて怒った気分になっているらしいのである。私はいわば怒りの選手なのである。
——男の学校——
◆佐藤愛子『人生・男・女 ―愛子のつぶやき370―』(文化出版局、昭和59年11月)より筆写
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