美形女医

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美形女医

 親父を連れて近くの大学病院を受診した。駐車場から本館へは道路を跨ぐ歩道橋になっている。親父は高齢だがマイペースでホクホク歩いていた。ふっと後ろを振り返るとメッチャ美しい女医が僕らの後に続いている。階段を昇る彼女の息遣いが聞こえてくる。せっかくだからその彼女を笑わせようと目論んだ。
 僕は階段を3段昇っては一休みのその調子に合わせ、小さな掛け声を発した。親父はいつの間にか10m先を歩いている。
「ムンプス、ムンプス、鉄の肺、ムンプス、ムンプス、鉄の肺」 
 ちなみにムンプスとは「おたふく風邪」、鉄の肺とは大昔の「人工呼吸器」である。気が付くと女医の足音が聞こえなくなっていた。振り返ってみると彼女は階段の手すりにもたれかかり、笑いを押し殺すその背中が小刻みに揺れていた。

小倉 一純

※実話です。友人の岩田耕一君によると、「こういう時は、その後で、喫茶店にでも誘うべきだったんだ」とのことでした。