アセチレンガス

ブログ・文学世界ドットコム
公益財団法人メトロ文化財団メトロアーカイブアルバムより

アセチレンガス

  最近(2025年5月27日)、東京都江戸川区の住宅建設工事現場でアセチレンガスの爆発炎上事故が発生した。地中に埋まっていたボンベが重機のドリルと接触し、漏れたガスに引火して爆発したとみられている。この事故では10人が負傷し、38棟の建物に被害が出た。ボンベには「1964年11月」の刻印があり、約60年間地中に埋まっていた可能性があるという。

  昭和時代に造成した戸建ての庭を掘り返すと「ガラ」が出てくることが往々にしてある。拙宅も同様だった。ガラというのは今でいう「産業廃棄物」である。昔は造園業者も手抜きで、戸建ての庭に「いい土入れといて」と施主が依頼すると、中身はガラで表面だけ肥えた黒土を入れる、などということが日常茶飯事だった。

  アセチレンといえば高圧ガスの容器である。昭和時代には工事現場が終わると、「この資材どうしましょうか?」と尋ねられた現場の親方が、「みんな埋めてしまえ」ということもままあり、未処理の高圧ガス容器が放置されることも珍しくなかった。僕自身も小学生の頃、こうした現場の様子を何度か目にしたことがある。時代は高度経済成長期。細かいことは構わないという風潮があったのだろう。

  アセチレンの容器は昔から度々問題になってきた。時には古びたアセチレンの容器2本を門扉の代わりに使っている農家や畑も珍しくなかった。バルブが閉じたままの状態で放置されるケースもあり、ガスが残ったままのこともあった。現在では、高圧ガス容器は3年ごとにバルブ交換と耐圧検査を受ける必要があるが、アセチレン容器は特に厳しく管理され、製造から38年経過すると廃棄対象になる。

  また、潜水ガスのボンベも適切に管理されなければ事故の危険性が高い。例えば、漁師の船では船底に海水が溜まっていることが多く、その水に浸かった状態で潜水ガスのボンベが放置されることがあった。海水の影響で錆びが進行すると、バルブの根元が劣化し、内部の高圧に耐えられなくなり、バルブが飛んでしまうことがある。その結果、運悪くそれを頭部に受け、死亡事故につながったケースもある。僕の以前の職場である日本エア・リキードでも、こうした高圧ガスの管理について慎重な対応が求められていた。

  高圧ガスはガスによってボンベの色が決まっている。アセチレンは茶色。工事現場ではアセチレンは溶接ガスとして使われた。「アセチレン溶接」である。お祭りの屋台では「アセチレン灯」というのがあった。ランプの燃料としてアセチレンを使うという代物。時代が変って屋台でも小型発電機が使われるようになるとそのエンジン音が大きくて「最近は五月蠅くて風情がなくなったね」と話しあうテキヤ衆を何度か目の当たりにしたことがある。


  そんな背景もありアセチレンというと映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんが脳裏を過る。もっとも今回は負傷事故があったのだから、そんな呑気なことをいったら各方面から叱られるだろう。

小倉 一純

イラストACより