ある満月の夜に~自立について、カモメとの語り合い~
ある晩、満月がボクに語りかけた。
「ねえ、カモメに尋ねてごらん」
ボクは聞いた。
「カモメくん、文学という大空に飛び立つにはどうすればいいんだい?」
カモメは空を見上げて言った。
「自立することだな」
「なんでも一人でやればいいってこと?」
「違う。人は他人に依存しなければ生きていけないものさ」
「じゃあ、甘えればいいの?」
「それも違う。それは自分自身の問題だ」
カモメはくちばしをととのえて、語り始めた。
「ボクが言っているのはね――生きる手段として、多くの人に依存しろ、ってことなんだよ」
「う~ん、それって……難しいなぁ」
カモメは、やさしい声で例え話を始めた。
「たとえば、障害のある人は、親や施設しか頼るところがない。なぜなら、この世は、健常者のためにデザインされているからな」
「……そうだね」
「でもね、健常者は、依存できるところがたくさんあるんだ。道路や電車やエレベーターだけじゃない。先生や友だち、コンビニの店員さん、ご近所のおばあさん、災害時に手を差しのべてくれるボランティア……どれもみんな、少しずつだれかの支えになってる。その中には、ボクのような通りすがりの存在だって含まれるさ」
「え、カモメも?」
「もちろん。風にのって話しかけることくらいしかできないけどね」
「……ふふっ」
「つまりね、健常者は多くの依存先を持っていることで、自由に羽ばたけるんだ。たくさんの翼に支えられて飛んでるようなもんさ。障害者は、頼るところが限られているだろ。だからもしそこが頼れない場合、もうお手上げなんだよ」
「うん、それで……?」
「だからこそ、人はふだんそれに気づかない。それが “自立している” という感覚になるんじゃないかな」
ボクははっとして言った。
「つまり、自立って、依存の “対極” じゃないんだね!」
「そのとおり。君のいう完全な自立を求めるなら、この世との縁を絶って、山で仙人みたいに暮らすしかない。それも悪いことではないけどね」
「うわあ……」
「いろんな人に少しずつ頼りながら、笑って生きていること――それが、社会の中での本当の自立なのさ」
「そうか……」
するとカモメが、ぽんと羽ばたいて言った。
「じゃあボクといっしょに歌おう!」
歌いつつ、大きな翼で羽ばたきながら、カモメは水平線の向こう側へと飛んでいった。
「カモメ、カモメ、そうカモメ♪ カモメ、カモメ、そうカモメ♪」
小倉 一純
【説明】
熊谷 晋一郎 氏(東京大学教授、小児科医)の「障害者の自立」に関する持論をオマージュした作品です。車椅子のお医者さんです。「当事者研究」ということを行なっています。医学書院という出版社(元は東大の並びにあった)の出版する「ケアをひらくシリーズ」では、2025年6月22日現在、50冊の本が出版されています。熊谷先生はそこに頻繁に登場します。障害者に限らず誰が読んでもとても面白いシリーズです。身体障害、精神障害だけでなく、老齢介護や依存症、精神障害者の地域活動に関することまで、あらゆることが、医学的なエビデンスとは一味違った角度から、当事者の等身大の言葉で綴られています。昨年定年した白石正明氏という医学書院の名物編集者が作りあげたのがこのシリーズです。僕も10冊以上買って読みました。こういうことって、結局、生きるとは一体何なのかという命題に光を当てることです。これってもはや文学ではないですか。
小倉 一純
